◎第382回 移住者の一例(令和元年9月13日)

母国への貢献を願い 

米国から出身地ではない高知へ

 1950年生まれで現在69歳のK・K氏が、高知県へ移住された事情と現在の高知での活動に関して、身近にいる私からお伝する。どこかへ移住・定住を検討されている方の参考になれば幸いだ。
 それは5カ月前、高知県香美市の移住促進の担当の方から、「アメリカ生活が長いシニアの方が高知への移住を検討していて、有楽町のふるさと回帰センターの紹介で来られているので、一緒に会って、シニアの移住促進(CCRC)に関して対応してほしい」との連絡があったときから始まった。
 彼は、東京・浅草生まれで、腕の良い職人である父親のもとで育ち、大学を中退して海外に飛び出した。ドイツを中心にヨーロッパに2年弱滞在し、その後、米国カルフォルニアに移り、ほとんどの日々をサンディエゴで、45年程過ごしていたとのこと。
 自分の生涯を、自分が納得できる日々を納得出来る日々を過ごしたいと、組織やサラリーマン生活には全く興味がなく、自分を磨くことと組織に縛られない自由を追い求めていた。
 サンディエゴに滞在している間に色々な経験をする中で、結婚・離婚も経験し、お子さんにも恵まれたが、多くの時間を自分中心に、自由人としての生活を謳歌したらしい。
 その間、体格の良い米国人に体力的にも負けないようにとのことから少林寺拳法に没頭し、米国でその道の中心人物にもなり、自ら道場を開き多くの優秀な門下生を育てたそうだ。
 自ら少林寺で体を鍛えるかたわら、何かの原因で具合の悪い方々のために自然治癒の研究に集中し、その道の専門家にもなり、米国で多くの機関から表彰や推薦状をもらった。多くの人々を治療し、自然治癒医療分野で貢献してきた。
 彼はそのまま米国で暮らすか、晩年を故郷で過ごすか、かなり迷ったに違いない。
 しかし、何度か日本の親戚や知人を訪ねる間に、自分の生まれ故郷である日本で暮らすことを思い描き始めた。米国民に関しては子供に至るまで、自分としては貢献できたと思い、故郷の日本に関して何か貢献できないかと考えた。東京へ戻った際に自分の落ち着き先として、北海道から九州まで日本各地を回ったらしい。
 全国をほとんどを回ったころに、まだ四国に足を踏み入れてないことに気が付き、高知へ出向いてくれた。
 私も米国生活も経験があり、彼の人柄にもすぐに溶け込むことができ、同じシニアとしてして親しくさせもらい始めた頃に、たまたま私の地元の友人が、近くに築8年ほどの手頃な空いているとのことで、物件を彼が気に入り、田舎の町の雰囲気も悪くないと判断し、高知への移住を決めてくれた。
 その場所は私の住む、香美市土佐山田町から10キロほどの美良布で、物部川の上流に位置する、自然環境にも恵まれたところだ。
 それから1か月ほどして、車に家財道具を詰めて引っ越してきてくれた。
現在は、英語を生かして、翻訳の仕事を探しながら近隣の子供に英語会話を楽しく教えている。できればCCRCの活動に絡めて、彼の特技である自然治癒医療の能力も生かしてもらいたいと考えている。

2019年09月13日